書籍アーカイブ

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法華讃・良寛和尚筆 加藤僖一 定価34000円 れまで存在が知られていながら所在がわからず写真版等で公開されたことは一度もなかった

法華讃・良寛和尚筆 加藤僖一 昭和57年

この「法華讃」の書的魅力をきわめる為に、どうしても部分の拡大写真がほしくなり、再度お願いして十二月 二日、妙高高原へ出かけた。雪にとじこめられぬようロープを取って山道をのぼった。雪国の、それも高原の条 宝物殿前の廊下で撮影にとりかかったが、たちまち手も足もお尻も、寒気にしびれてきた。しかし良寛の「法華讃 と二人きりになれた同行二人の興奮は、私に寒さを忘れさせた。ほんの短い時間、迷悟両忘の境地にひたれたような気がした。

この日の日記を見ると、妙高高原から帰った足で、地蔵堂の茂木弘次氏をたずねている。氏は良寛像の制作か けては、わが国の第一人者である。私はこの時が初対面であった。新潟大学教育学部の統合と、新校舎落成を祝て、同窓会、後援会の皆さんが、良寛銅像を寄贈して下さることになった。その等身大の石膏像を拝見させて ただいた。更に足をのばして新潟へ。夜おそく、同窓会、後援会幹部の方々にお目にかかる。台座の文字を揮毫 るようご依頼をうける。まことにめまぐるしく忙しい一日であった。
こうして写真も原稿をすべて出来上がり、印刷所へ渡すばかりとなった。私は、自費出版を続けている『良寛の書』の第八集にと計画をたてていた。そこへ求龍堂の徳田秀一氏から電話がかかってきた。「ずいぶんご無沙汰していますが変りありませんか。新潟へ移った様子はいかがですか。先生、ぜひ良寛の本を一冊書いて下さい」 - のお話。もう数年前からご依頼をうけているのに、いまだにおこたえしていない。しかしその時は、まだ「法華讃のことは黙っていた。

私の自費出版は一般にはほとんど市販されないから、それなりの利点と欠点とがあるものの、いたって気楽なに行き力。出版社がからんで、もしもうまくまとまらなかったら、折角の「法華讃」が日の目を見なくなる恐れがあれ 数日通った。それから徳山氏へ手紙を書いた。結果的には吉沢氏のご快諾るえられ、寛大なお心に感謝のほかはない。

徳田氏との打合わせの際、私の撮影はシロウトカメラなので、撮影しなおして下さるようお願いした。帰京された後、私の幅影した写真を専門家が検討したところ、和紙 コロタイプで十分いけるとの結論なので、ネガをお借り したい、というご連絡があった。アート紙オフセットなら私の写真で結構間にあうとしても、和紙にはどうかと思 っていたから、半信不疑のまま、急遽ネガをお送りした。そしたら再びお電話があり、石井氏の特別なご配慮によ り、もう原本が東京に着き、さっそく原寸大撮影をすることになったとのこと。冊子本ならちょいと鞄の中にも人 れられようが、細画では一人で持ちあげるのがやっとという大きさと重さである。石井氏の敏速なお手配には恐れ入った。

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